とうとうのだめ第10巻に突入。
いわゆる「巴里編」の始まりですね。
でも私、これを書くまでに相当時間が空いたの、皆さんご存知でしょうか
というのも、今回はのだめシリーズ始まって以来の、オペラ
日本のオペラファンというのは、大変に耳が肥えていらっしゃる方ばかり。
覚えていらっしゃる方も多いだろう、東京に新国立劇場としてオペラ劇場の落とし公演が行われた際、天皇皇后両陛下、そして当時の内閣総理大臣橋本龍太郎氏も御臨席の中、行われた團伊玖磨氏作曲の「建・TAKERU」が上演されたが、終演後ブーイングの嵐
だからここで、オテロについて書くのも、とても勇気がいるのである。
何から話そうか・・・、オロオロ・・・。よし、決めた
まずは、オペラそのものについて話そう。
まずこのブログを見ておられる相当数の方が、オーケストラを中心に演奏をされている方がほとんどなので、ちょっと見方を変える事を申しますね。
まずオーケストラとは、そもそもオーケストラピットの場所のことを指す言葉だった、というのはご存知ですかね
今では、オーケストラとは、あの演奏する集団のことを言いますが、昔はオーケストラピットのことを、「オーケストラ」と呼んでいました。つまりは、どこまでも伴奏のものだったのです。
それが年月経るごとに、オーケストラが独立し、現在の呼び名になった、という訳です。とても簡単にお話していますので、マニアックな方にはご不満かもしれませんが、悪しからず。
さて、どこまでも伴奏の役割だったオーケストラ。そして現在の形になるまでには、紆余曲折を経ております。もちろん、ヴァイオリンやらヴィオラやらチェロやら、今の様に決まった位置があったわけではありません。今の様な形になったのは、本当に極最近(19世紀後半〜20世紀)のことなんですよ。だから昔のオーケストラはバラバラ・・・。
ということは、ベートーヴェンやモーツァルト、それ以降のロマン派の作曲家等は、特にオペラをイメージした中でオーケストラの曲を作曲しているものだから、伴奏のオーケストラだけの為の曲でも管楽器のソロの部分等は、完全にオーケストラの全面バックアップの上で成り立つものなんですねぇ。
少しずつ話を元に戻していきましょう。以前にも話しましたけど、オペラってほとんど悲劇なんですよね。カルメンもホセに殺されるし、椿姫は最後白血病だったけぇ、死んでしまうし、トスカは身投げ、ボエームも白血病だったけぇ栄養失調だったけぇ、トゥーランドットだって、最後はハッピーエンドだけど、途中でリューが死ぬし、アイーダも最後死んでしまうし、ドン・カルロも死んでしまうし、カヴァレリア・ルスティカーナ、道化師、みーんな死んでいってしまうんですよね。それも刑法犯罪がほとんど。決闘とか毒殺とか自殺とか。病死も多いですけどね。
で、何故そのオペラに皆はまるか?
それは、それだけの悲劇性があるからこそ、またその悲劇の中にこそ自分を投影出来る部分が多々あるからだと思います。また人が死ぬことの重たさを実感している人がほとんどですから、それだけ緊張感のある芝居になりますよね。
さて、ようやく本題。
ヴェルディの最高傑作の一つ、歌劇「オテロ」。
もちろんオペラですから、台本あり。台本は誰もが知っている、シェークスピアの「オセロ」をちょっと変えただけ。だからシェークスピアを呼んでおけば、大体
で、ここで紹介しているCD等については、大変に好みが分かれるところだと思います。
私は、何と言っても「黄金のトランペット」と呼ばれる声を持っていたデル・モナコ&カラヤン&BPOが大好きです。
しかし、最近ドミンゴ&クライバー&スカラ座&という、すごいキャストのCD&DVDが発売されており、これも気になるところ。
買いたいけど、お金がない・・・。
さて、ここで紹介している2つのCD大きなオペラの分岐点で分かれているのです。
それは、演劇性の問題なのです。
皆さんもご存知、マリア・カラス。20世紀最大のソプラノ歌手と呼ばれ、素晴らしい演技力と歌唱力で、他の歌手を圧倒。また各地のオペラハウスで大絶賛を浴び、栄光に満ちた歌手です。(でも栄光だけではなかった。だから最後は可哀想な死に方だったのだが。)
さて、彼女の最大のオペラ界の変革は、先ほど述べた演劇性なのです。それ以前の歌手達は、とにかく歌唱力が凄かった。とにかく、歌手としての技量が最高だった。しかし演劇性に乏しく、脚本が上手いオペラでも、有名なアリア等が無ければ、廃れていくことが多かったのである。
しかしマリア・カラスの登場で、それは一変。彼女の美貌、そして演技力、そして歌唱力、これらによって、現在のオペラが形成されたと言っても過言ではないでしょう。
話は戻って、先ほどのCD、デル・モナコは確かに素晴らしい歌唱力を持っていました。何たって「黄金のトランペット」ですよ。今残されているCDを聞いても、なかなかこんなテナーは出てこないなぁ、と思います。そして彼は、このオテロを当り役としていました。
そのオテロを同じく当り役としているのが、プラシド・ドミンゴ。今も大活躍ですねぇ。いろんなオペラハウスから引っ張りだこ。そして彼の映像は、各地のオペラハウスでの公演が残されています。でもCDとしては、ジェイムズ・レヴァインと行った1組だけだったと思います。それだけ、演技力も評価対象となりつつあり、またもっとオペラを大きく捉え、衣装や背景、スポットライト等、全ての面での演出を総合的に評価する傾向が、最近特に強くなってきています。
まぁ、こんなところですかね。
オペラって、オーケストラより、もっともっと奥が深いです。面白いです。ヨーロッパに行けば、どんな小さな町にも、大概オペラハウスがあります。オーケストラはそのオペラハウス専属としてあります。日本の様に、独立してあるのは、大都市のみです。そしてオペラハウスは、いろんな職業の人の社交場にもなっています。もちろんみんな仕事のことは忘れて、次の日の仕事を頑張るために、忘れにオペラハウスまで足を運ぶのですが。
ヨーロッパは日本の様に、テレビが娯楽化していないので、本物を見に行かないと、凄さがわからないのです。もっと言うと、テレビよりも実際に見に行った方が面白いことを、皆知っているのです。オペラ・演劇、サッカー、アイスホッケー・・・。何でも自分で体験することの方が面白い、とね。
さぁ、もっと日本の娯楽が安くなり、もっと皆さん足を運んで、いろんなものを見にいこうではありませんか。そうでないと、面白いものって、本当にわからないことないですか
最後に少し自慢。
リッカルド・ムーティという大指揮者がいますよね。彼は長いこと、ミラノ・スカラ座という、世界最高峰のオペラハウスの音楽監督でした。その音楽監督の座は、最後オーナーと喧嘩になり辞任することとなるのですが、その喧嘩する前の最後の来日公演、NHKホールにて、大金を叩いて、東京の友人と見に行きました。演目はこのヴェルディの「オテロ」拍手喝采で、30分以上スタンディング・オベーションが続きました。あの感動は未だ忘れられないなぁ。だってオケもただの伴奏ではなく、とても上手くて、迫力ある演奏。またそれに負けない歌手陣。あの大きなNHKホールに響き渡る、透明な声。デズデモナの有名な「柳の歌」のアリア。涙が止まりませんでした。その横で東京の友人は
でも彼はその後心を入れ替え、ロンドンのロイヤル・オペラのプレミエでラトル指揮のワーグナーを見に行ったり、ウィーン国立歌劇場で、小澤征爾のチャイコフスキーの「スペードの女王」を見に行ったりと、とにかくオペラにも興味を持ってくれています(全部現地で見ています)。彼の目と耳はどんどん肥えていく。
しかし、私の目と耳には絶対に勝てないと思うよ
あー、オペラが終わった。
さて、どんな反響が返ってくるか。
とにかく、オーケストラだけでは面白く無い
以上、変な戯言でした。


その後、私の大好きなヴァルナイが歌っているカイルベルトのリング全曲と、一番好きな指揮者メンゲルベルクのベートヴェンの交響曲全集をプレゼントしました。あとどうなったか?
オテロは、私には難解です。
テバルディ(LP)
テバルディ(LD)。テバルディのみがイタリア語であとはドイツ語で歌っているらしい。手持ちながら未確認。
トスカニーニ。
ケーゲル(ドイツ語)。
モナコ、N響 in Tokyo。
Full scoa(Dover)。
カラヤンその他、一所懸命に聴いてきたけれどどうにも好きくなれませんわ。
どうして、オテロ苦手ですか?それはもう性格的に受付ないんですか?それとも他に何か理由が?
私は、とても演出の仕方も色々出来るし、歌唱力においてもそしてオーケストレーションにおいても、これ程ヴェルディの威力を見せ付けられるオペラは無いと思うのですが。